☆チネイザン・内的体験

先日、数年ぶりの方がチネイザンを受けたいと連絡をくれた。
よく思い出す人からだったので嬉しく、久しぶりに会えて施術を始めた。
腸揉み中もタイマッサ中も俺は結構話をしている。目をつむったり口を閉じなければこちらから話題を投げかけることも多い。しかしチネイザンの時は割と早めに話を切り上げて手技に集中する。
腸揉みやマッサをテキトーにやっているわけではないが、チネイザンは静かに集中し自然に口数が減る。特に前半の小腸にあたっている時に集中する。
そう習ったわけではないが自然にそうなる。
オイリュトミーをテキトーにできないようにチネイザンもテキトーにできない。


初めてチネイザンの施術を受けたのは東京のセラピストでタイに行く前だった。
既にチネイザンに対する或るイメージを抱いていたからかどうか分からないが、それはよいもので内的な時間を体験した。
やはり肚は特別な場所なのだと思った。

俺の場合だが、チネイザンの施術に限らず、お腹に或る状態の圧がかかると何とも言えぬ懐かしさに満たされる。
懐かしいというか幼い頃の俺に還る。
カラダの中にいる純粋な幼き俺と出逢う。
いまの俺がここで起きていることを体験しながら、同時に幼き俺自身をも体験することになる。
この不思議な感覚は、子供のころにもあった。たとえば鉄棒での体操でお腹にある種の圧が加わることがあったり、何らかの姿勢をとったりした場合におとずれる身体感覚。懐かしい。母ちゃん••みたいな。

先日の方もこれと似たことを言っていた。
施術を始めて早々に「なんか何とも言えない気持ちになった。涙が出そうな感じ。」と伝えてくれた。
そう、それ、わかる。
なんなのだろうこの感覚は。
気持ちよくもないが嫌ではない、とてもピュアなものなのだ。
そんな体験を誘うかもしれない。
内的静けさを持ってカラダに向き合いたい。